本ブログは ”メンフィスにて” に転居しました。
Saturday, September 5, 2015
Monday, August 10, 2015
GSKのワクチン【2】RNAワクチン
三週間前のことになるが、GSK のワクチンプログラムの人が招待セミナーで話をした。演題を正確に覚えていないが、”ワクチンにおけるパラダイムシフト”のようなタイトルであった。演者の Jeffrey Ulmer は
Novartisのワクチン部門にいたが、部門ごとGSKに譲渡されたので現在の所属はGSKである。
話はこの20−30年間のワクチンの発達史の概略から始まり、最近のstructural biology をベースにした抗原の選定等の話が総論としてあった。4年前の同じ演者による概説をYoutubeで見ることができる。この時の話では組み替え型のRNAウイルスをトピックとしていた。実際にGSKが標準的にウイルスとして使っているのはalphavirusである。
組み替え型ウイルスの最大の問題点はワクチン株が人または家畜に予期せず感染してしまう可能性があることであろう。
最近の流れとしてDNAワクチンがあったが、この延長線上にRNAワクチンがある。今回の講演の後半部分は改良型のRNAワクチンの紹介に費やされた。GSKのRNAワクチンは組み替えワクチンで用いられていたのと同じくalphavirusをベースにしている。このウイルスはゲノム核酸として+鎖一本鎖RNAを持っている。すなわち細胞に導入してやるとmRNAとして機能する。
このRNAを用いることの利点はいくつかある。以下列挙する。
(1) RNAは細胞質に到達するだけでタンパク発現が起こり,核に到達する必要がない。
(2) プラスミドDNAでは低頻度だがゲノムDNAへの組み込みが起こるが、RNAではこの心配がない.
(3) 免疫惹起能を持っている配列のみを発現させることができる。(特にこの点は前回紹介したような問題を避ける上で重要である。)
(4) 細胞性免疫が誘導される。(HIV、ヘルペス等では重要)
(5) RNA の調整法は確立されており、費用もたいしたことはない。
演者のグループはalphavirusの一部をワクチンの標的微生物の感染防御抗原遺伝子と置換した例を示した。alphavirusは自らのゲノムを複製するためにRNA-dependent RNA polymerase (RDRP) がゲノム上にコードされている。この遺伝子産物(ポリメラーゼ)はRNAを取り込んだ細胞の中でalphavirusのゲノムRNAを複製するので、この組み替え体RNA分子は細胞内で増幅されることになる。そこでこのようなRNAをself-amplified
mRNA (SAM) と呼んでいる。
さてSAMを実際にワクチンとして用いるとしても裸のRNAを注射するわけにはいかない。血漿や組織中に RNase があるからである。そこで実用上の最大の問題は、いかにして体内のRNase からRNAを守るかということになる。さらにSAMがワクチンある以上、徐放的な組織内への放出を促すようなアジュヴァントを準備してやる必要が有る。
GSKは既にMF59と呼ばれるlipid
nanoemulsion (LNE) のアジュヴァントを確立している。しかしこれは基本的にタンパク抗原用であって、核酸には不向きである。そこでMF59に陽性荷電をもつ脂質を加えてやることによって新たなlipid nanoparticle (LNP) アジュヴァントを開発した。この脂質とRNAを特殊な条件で混合してやると、RNA を含んだ LNP ができる。
ひとたびこの方式でのワクチン開発がうまく行けば、 対象病原体が違っていてもRNAの物性は同じなので共通のプロトコールを用いることができる。演者のグループは異なる実験動物と、異なる病原体についてこのSAM/LNPの効力を調べて公表している。
インフルエンザのパンデミーのことを考えてみればよいが、毎回の流行が起こってから流行している型に対するワクチンを生産するのではその年の流行には間に合わない。しかしRNAワクチンの場合は必要な塩基配列さえ特定できればきわめて短時間でワクチンが出来てしまうのだ。
今のところ好都合な話ばかりのようだが、RNA生産の段階に多少難があるように思える。前述の論文ではマウス,ウサギ、それにアカゲザルを用いている。このうちアカゲザルには一回に75 ugのRNAを2回筋注している。計150 ugのRNAである。アカゲザルの体重は6−10 kgなので、単純計算によりヒトに対してはこの約8倍程度のRNAが必要になる。すなわち1.2 mg/人である。
さらに試算を進めてもよいのだがやめておく。けっこう大量のRNAを酵素的に生産するための費用は高いのだろうか、安いのだろうか?
ただ病原体が違っていても同じ生産ラインが使えるのはメリットである。安全性についても常に同じシリーズの試験をやればよい。
Sunday, August 2, 2015
GSKのワクチン【1】ナルコレプシー
GSK (GlaxoSmithKline) がらみのワクチンの話を二題。
まずはナルコレプシーという病気。
ナルコレプシー
narcolepsy は日中に場所や状況を選ばず起こる強い眠気の発作を主な症状とする脳疾患(睡眠障害)である。著名人では故色川武大(阿佐田哲也)氏のケースが有名である。この病気の患者は緊張すると眠ってしまうので、麻雀をやっている最中に阿佐田氏が居眠りを始めると周囲は”大きな手をテンパってる”と解釈して恐れ慄いたという伝説がある。
この逸話がナルコレプシーの認知度を上げたのは事実だが、どういうわけか日本人では発症頻度が高く、600人に一人という高率である(欧州では3,000人に一人)。通称“ナルコ会”という患者の会があり、患者どうしの情報交換等の目的を掲げている。
ナルコレプシーは特定のHLAと強い相関があることが知られている。ほぼ全例でDR2が陽性である。このことからナルコレプシーは自己免疫疾患ではないかと疑われていたが、これまでその証拠は得られていなかった。
さてGSK (GlaxoSmithKline)のワクチン。
GSKは複数のインフルエンザワクチンを販売している。このうち2,009年のA/H1N1型パンデミーの際に使用されたPandemrix という名称のワクチンは接種後にナルコレプシーを起こした [Vogel, 2,015]。接種された3,000万人のうち1,300人が発症しているので、その率は約23,000人に一人ということになる。GSKは一部の患者にはすでに 金銭的補償を開始している。
ナルコレプシーが自己免疫疾患である可能性は以前から多くの人々が考えていた。そこでGSKの研究者(当時Novartis)は、インフルエンザH1N1型のウイルスタンパクとヒトのタンパクの間の共通のアミノ酸配列を検索した。
その結果、ウイルスのNPタンパク (nucleoprotein) がヒトの2型ヒポクレティン受容体と類似の配列を持っていることを見出した。ヒポクレティンは別名オレキシンといい、睡眠と覚醒のサイクルの制御に関与している。実際既にナルコレプシーの患者の脳では視床下部のオレキシン産生細胞がなくなっていることが報告されている。睡眠を司る脳の細胞がなくなっているわけだ。
その結果、ウイルスのNPタンパク (nucleoprotein) がヒトの2型ヒポクレティン受容体と類似の配列を持っていることを見出した。ヒポクレティンは別名オレキシンといい、睡眠と覚醒のサイクルの制御に関与している。実際既にナルコレプシーの患者の脳では視床下部のオレキシン産生細胞がなくなっていることが報告されている。睡眠を司る脳の細胞がなくなっているわけだ。
ここに至って、“Pandemrixに含まれるインフルエンザウイルスのNPタンパクが特定のHLAをもつヒトでのみ免疫を惹起し、ヒポクレティン受容体をもっている細胞を攻撃し死滅させた結果、ナルコレプシーになる“という”自己免疫説”が確かなものとして浮上してきたのだ。
インフルエンザワクチンはウイルスの表面タンパクを免疫抗原として用いる。しかしNPタンパクもワクチン中に多かれ少なかれ含まれる。実際フィンランドの研究者はPandemrixにはGSKの他のワクチンよりも多量のNPタンパクが含まれることに気づいていた。同時にナルコレプシーに罹っている子供はNPタンパクに対する免疫がふつうと異なることも明らかにしている。
インフルエンザワクチンはウイルスの表面タンパクを免疫抗原として用いる。しかしNPタンパクもワクチン中に多かれ少なかれ含まれる。実際フィンランドの研究者はPandemrixにはGSKの他のワクチンよりも多量のNPタンパクが含まれることに気づいていた。同時にナルコレプシーに罹っている子供はNPタンパクに対する免疫がふつうと異なることも明らかにしている。
これを確認するために実験的な証拠を集めた結果以下の結果を得た [Vaarala et al., 2,015]。(1) ワクチン後ナルコレプシーの患者血清中の抗体が2型ヒポクレティン受容体を細胞表面に発現させた細胞に結合する。他社のワクチンを受けた人の血清にはこのような抗体は検出できない。(2) 当該ワクチンは他のワクチンに比べ、NPタンパクの含量が高い。このようなデータはNPタンパクに対する自己免疫の可能性を支持している。
以上のデータセットから、Pandemrixがナルコレプシーを引き起こす機序が明らかになった。なお大きな疑問が残っている。(1) 何故同じHLAを持っているのに罹患する人としない人がいるのか?(2) ウイルスの自然感染でナルコレプシーになるのか? (3)
この発症機序がナルコレプシーの発症機序全般を説明できるのか?
但し、(3) については、ワクチン後のナルコレプシーがヒポクレティン受容体に対する自己免疫なのに対し、自然発症ナルコレプシーではヒポクレティン産生細胞がなくなっているというので、同じ経路の別の細胞(またはタンパク)が標的になっていると考えるのが妥当であろう。これらの異なる標的に対する自己免疫に共通のHLAが介在するようなことがありうるのだろうか?
私自身の疑問として以下の二点がある。ワクチン一般について、このような自己免疫の成立が接種事故の発生機序のどの程度の割合を占めているのだろうか? さらにこのようなワクチン接種による“事故”を防ぐにはどのようにしたらよいのだろうか?
このいずれの疑問に答えるために、一人一人のHLA型をABO血液型と同じように検査しておくことが有効なのではなかろうか。前者の疑問については特定のワクチン接種事故とHLAとの関係を疫学的に追及する上で役に立つ。後者については、特定のHLAをもっている人に対してはワクチン接種を避ける上で重要な情報となるであろう。
(続く)
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