Sunday, August 2, 2015

GSKのワクチン【1】ナルコレプシー

GSK (GlaxoSmithKline) がらみのワクチンの話を二題。

まずはナルコレプシーという病気。

ナルコレプシー narcolepsy は日中に場所や状況を選ばず起こる強い眠気発作を主な症状とする脳疾患睡眠障害)である。著名人では故色川武大(阿佐田哲也)氏のケースが有名である。この病気の患者は緊張すると眠ってしまうので、麻雀をやっている最中に阿佐田氏が居眠りを始めると周囲は大きな手をテンパってると解釈して恐れ慄いたという伝説がある。



この逸話がナルコレプシーの認知度を上げたのは事実だが、どういうわけか日本人では発症頻度が高く、600人に一人という高率である(欧州では3,000人に一人)。通称ナルコ会”という患者の会があり、患者どうしの情報交換等の目的を掲げている。

ナルコレプシーは特定のHLAと強い相関があることが知られている。ほぼ全例でDR2が陽性である。このことからナルコレプシーは自己免疫疾患ではないかと疑われていたが、これまでその証拠は得られていなかった。

さてGSK (GlaxoSmithKline)のワクチン。
GSKは複数のインフルエンザワクチンを販売している。このうち2,009年のA/H1N1型パンデミーの際に使用されたPandemrix という名称のワクチンは接種後にナルコレプシーを起こした [Vogel, 2,015]。接種された3,000万人のうち1,300人が発症しているので、その率は約23,000人に一人ということになる。GSK一部の患者にはすでに 金銭的補償を開始している。

ナルコレプシーが自己免疫疾患である可能性は以前から多くの人々が考えていた。そこでGSKの研究者(当時Novartis)は、インフルエンザH1N1型のウイルスタンパクとヒトのタンパクの間の共通のアミノ酸配列を検索した。

その結果、ウイルスのNPタンパク (nucleoprotein) がヒトの2型ヒポクレティン受容体と類似の配列を持っていることを見出した。ヒポクレティンは別名オレキシンといい、睡眠と覚醒のサイクルの制御に関与している。実際既にナルコレプシーの患者の脳では視床下部のオレキシン産生細胞がなくなっていることが報告されている。睡眠を司る脳の細胞がなくなっているわけだ。

ここに至って、“Pandemrixに含まれるインフルエンザウイルスのNPタンパクが特定のHLAをもつヒトでのみ免疫を惹起し、ヒポクレティン受容体をもっている細胞を攻撃し死滅させた結果、ナルコレプシーになる“という”自己免疫説”が確かなものとして浮上してきたのだ。

インフルエンザワクチンはウイルスの表面タンパクを免疫抗原として用いる。しかしNPタンパクもワクチン中に多かれ少なかれ含まれる。実際フィンランドの研究者はPandemrixにはGSKの他のワクチンよりも多量のNPタンパクが含まれることに気づいていた。同時にナルコレプシーに罹っている子供はNPタンパクに対する免疫がふつうと異なることも明らかにしている。

これを確認するために実験的な証拠を集めた結果以下の結果を得た [Vaarala et al., 2,015]。(1) ワクチン後ナルコレプシーの患者血清中の抗体が2型ヒポクレティン受容体を細胞表面に発現させた細胞に結合する。他社のワクチンを受けた人の血清にはこのような抗体は検出できない。(2) 当該ワクチンは他のワクチンに比べ、NPタンパクの含量が高い。このようなデータはNPタンパクに対する自己免疫の可能性を支持している。

以上のデータセットから、Pandemrixがナルコレプシーを引き起こす機序が明らかになった。なお大きな疑問が残っている。(1) 何故同じHLAを持っているのに罹患する人としない人がいるのか?(2) ウイルスの自然感染でナルコレプシーになるのか? (3) この発症機序がナルコレプシーの発症機序全般を説明できるのか?

但し、(3) については、ワクチン後のナルコレプシーがヒポクレティン受容体に対する自己免疫なのに対し、自然発症ナルコレプシーではヒポクレティン産生細胞がなくなっているというので、同じ経路の別の細胞(またはタンパク)が標的になっていると考えるのが妥当であろう。これらの異なる標的に対する自己免疫に共通のHLAが介在するようなことがありうるのだろうか?

私自身の疑問として以下の二点がある。ワクチン一般について、このような自己免疫の成立が接種事故の発生機序のどの程度の割合を占めているのだろうか? さらにこのようなワクチン接種による“事故”を防ぐにはどのようにしたらよいのだろうか?

このいずれの疑問に答えるために、一人一人のHLA型ABO血液型と同じように検査しておくことが有効なのではなかろうか。前者の疑問については特定のワクチン接種事故とHLAとの関係を疫学的に追及する上で役に立つ。後者については、特定のHLAをもっている人に対してはワクチン接種を避ける上で重要な情報となるであろう。

(続く)


1 comment:

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