Monday, October 27, 2014

“虫を放して虫を滅ぼす“【1】

一筋縄ではゆかないデング熱対策

西アフリカでエボラ出血熱の感染拡大が続いている。本稿を、このエボラ出血熱の流行が、近い将来終息、またはコントロールされることを前提として書く。

我が国にとっては、デング熱の流行は長期的観点から見て深刻であると考えられる。 それはこれまで日本に存在していなかったネッタイシマカという蚊を介して感染がおこっているからである。このような事態は地球温暖化に伴った生物叢の変化に対応したものと考えられるため、今後デング熱と同様、現代日本人にとって未知の、または遠い過去にしか経験したことのない感染症(マラリア等)が繰り返して入ってくる可能性がある。デング熱の患者数は1015日までに159人に達している [国立感染症研究所]。患者発生のピークは8月下旬から9月上旬にかけてであるが、10月に入っても散発的に患者が発生している。

デング熱の予防に関しては厄介な問題が指摘されている。デング熱ウイルスの自然感染に際しては免疫が成立して、同じ型の再感染時にはこの獲得免疫が有効に働いて感染は防御される。ところがデング熱ウイルスには4種類の血清型があり、異なる型のウイルスが再感染するとより重篤な症状を示し、場合によっては死に至るというのである。これをデングショック症候群 (DSS) と呼んでいる [Guzman et al., 2,010]

このためある一つの血清型のワクチン接種しても、異なる血清型による初感染で劇症のデング熱症状を引き起こす可能性があるのである。このように、獲得免疫が再感染時に症状を増悪するような例はこれまで知られておらず、感染症学、免疫学における一つの課題となっている。この問題を解決するために、多価ワクチンの開発が試みられている。一回のワクチン接種で、すべての血清型のウイルスの感染を防禦しようというのである。

Sanofi Pasteur社は 黄熱ウイルスウイルスをベースとした組み換え型4価生ワクチンを開発した。WHOホームページによると、現在ラテンアメリカ諸国で効果を確認するためフェーズIII試験が行われている最中である 現在までのところ、すべての血清型の完全な防御を得るまでには至っていないようである。このワクチンによってDSSが引き起こされる可能性については、さらに5-10年程度様子を観察する必要があるということらしい。この経過については“六号通り診療所ブログ“に詳しく、また要領よくまとめてあるので参照されたい

デング熱のような昆虫がウイルスを媒介する病気では、感染環を断つための標的は、 ワクチン接種によって宿主の感受性をなくす(または低下させる)方法と、媒介昆虫を撲滅する方法の二つがある。我が国には蚊によって媒介されるウイルス感染を制圧した実績がある。それは日本脳炎である。

日本脳炎ウイルスはデング熱ウイルスと同じフラビウイルス科に属するRNAウイルスで、コガタアカイエカで媒介される。但し、感染したヒトから吸血した蚊が別の人にウイルスを伝達することはなく、豚などの増幅動物が介在していることがわかっている [Weaver et al., 2,004]1967年から不活化ワクチンが接種された結果、患者発生数は年間100人程度まで減少することとなった [国立感染症研究所]。しかしながら、現在でも豚の間で日本脳炎ウイルスに対する抗体が高頻度で検出されるので、ワクチン接種をやめるわけにはゆかない。この例からわかる通り、昆虫が媒介するウイルス感染では、ウイルス、ヒト、蚊、さらには 増幅動物と、三重、四重の生物学が必要となる。

上述のように、デング熱のワクチン実用化については実用化へは多少時間を要するようである。そこで、媒介昆虫であるネッタイシマカを撲滅する手法が浮上してくるのである。(以下、次回)

Saturday, October 11, 2014

コーヒーのゲノム解析の話




先週の“ゲノム解析”の記事に関連して、Science誌に掲載された コーヒーのゲノム解析の話題である [Denoeud et al., 2, 014]。短いが様々な問題点を指摘した紹介記事が同じ号のScience誌に載ったので紹介したい [Zamir, 2,014]

植物体としてのコーヒーはコーヒーノキという。そのコーヒーノキ のゲノム解析がなされた。例によって多数の研究機関(フランスを中心とした11カ国、28研究機関、著者64人)の参加した国際的な共同研究である。コーヒー属には4亜属66種が含まれるが、実際に解析されたのは2倍体のロブスタコーヒーノキCoffea canephoraである。これに4倍体のC. arabicaのデータも加えている。2倍体の方がゲノムの解析が容易なのでC. canephoraが主に用いられと思われる。この論文の研究内容の解説は既に複数の日本語サイトに掲載されているのでここでは詳しく紹介しない。

最近 の全ゲノム解析の流れにより、様々な生物種のゲノム配列が急速に蓄積されつつある。解説記事は主に作物などの有用植物の状況について意見を述べているが、このような研究の流行の結果として、“ゲノム情報“と”表現形情報“の蓄積量に乖離が生じていることを指摘している。主要作物としては、解析の容易な2倍体のイネに続き、最近6倍体のコムギのゲノムも解析が進んでいる [Huang et al., 2,014Mayer et al., 2,014]。しかしながら、我々が実際に食べているのは”表現形“であり、”ゲノム配列“ではない。多くの場合、ゲノム配列情報を読んでも 作物の形質が解るわけではない。したがって、蓄積されつつあるゲノム情報と表現形をリンクする努力が必要である。このような営みがあって初めて野生種の形で蓄積されている多様な遺伝子配列が有用性を獲得するのであるという。その通りだと思う。
 
しかし実際には表現形の記載は大変困難である。実際塩基配列はわずか4種類、アミノ酸配列は20種類の略号の羅列で記録できるが、表現形の記載は個々の生物種によって記載項目が異なり、かつ同じ表現形が品種の中で不安定であったりする。 著者は、現状のゲノム情報の偏重を是正するためには、研究者自身の流行に対する敏感すぎる反応や、雑誌編集者、査読者の判断基準の見直しが必要であるとする。私見では、近年のゲノム解析の流れは、 業界をリードする一部の雑誌(具体的にはNatureCell)が、ゲノム解析を行った論文を優先的に掲載したことに、理由が求められるように思われる。これは新しい研究手法の普及という意味では効果があったと思われる。したがって、次の新しい流れを導くためには、これらの一流ジャーナルが“ゲノム情報と表現形のリンク”に野心的に挑戦した論文を優先的に採択してゆくことが 求められると考える。

さて、コーヒーはイネやコムギのような主要作物とは異なり、世界の人口を支えるような作物ではない。しかし特定の国(特にコーヒー生産国)に対しては大きな経済的な意味を持っている。コーヒーは典型的なプランテーション作物で、長く南の貧乏な国が生産し、北の金持ち 国が消費する、という図式が続いていた。コーヒーの取引が世界の縮図であったのである。しかしようやく最近になって、南の国で消費国の上位に顔を出すが出現してきた

その代表はブラジルとインドネシアである。 この両国は、生産国としても上位にいる。中国も消費が伸びている。世界の経済地図の変化がコーヒー取引にも影響を与えているのである。上記のScienceの論文にもこの3カ国の研究者が参加している。現在、および今後予想される気候変動に対応するためには、現在広く栽培されている少数の品種とは異なる木を準備する必要がある。


著者はこの遺伝子資源の源となる生物多様性について言及する。コーヒー(Coffea arabica)の原産地はエチオピアとされている。栽培種の品種が最も豊富に存在するのは常にその原産地周辺である。エチオピアではコーヒーの野生種の多様性が急速に低下しているとされる。その最大の原因は森林破壊であるという。現代の問題はだいたい同じところに行き着く。筆者は新たな品種作成に際しては、現行の仕組みで行われるならば、それは先進国に有利な形になると予想するし、より生産国に有利になるような仕組みを作ることが必要であると述べる。

最後に著者は、コーヒーほどゲノム研究に密接に関わっている植物は他にないという。その理由は学会では常にコーヒーブレークがあり、研究者は大量にコーヒーを摂取しているからだ(苦笑)。



Saturday, October 4, 2014

“薬剤耐性菌をめぐる話題”または“培養を省略すること”

既に世界に多剤耐性菌が蔓延していると報じられて久しい。

これは深刻な問題である。CDCは米国では年間23,000人以上が耐性菌感染で死亡していると発表している。20世紀医学の金字塔ともいえる細菌感染の制圧はペニシリンの発見から約70年を経て無力化されようとしているのである。

この状況の原因の一つとして、製薬会社が抗生物質、抗菌薬を開発しなくなったということがある。これは、第一に多くの有望な抗生物質が既に実用化されてしまっていることが理由として挙げられる。実際人類の獲得した数多の抗生物質のなかで最強のものは、最初に見つかったペニシリンであるといわれている。したがって今後従来と同じようなプロセスで見つかる抗生物質は、既存のものと同等かそれと比較して薬効が劣っていることが予想される。

もう一つの理由としては、新薬を開発しても、短期間の使用の後に耐性菌が出現するので、市場における薬剤の寿命が短いということがある。さらに抗菌薬の場合、患者への投与期間(〜数日)が多くの成人病薬、例えば糖尿病や高脂血症の薬(10年単位)に比べて著しく短いということがある。これらのすべては利益を追求する製薬企業には不利な状況である。このような耐性菌自体の蔓延、および新規薬剤の不足から、 約半数の病原細菌が使用可能な抗生物質の全てに対して耐性を示すまでになってきているのである。

この現状を分析し、新たな流れを紹介したNature誌の特集は興味深い [May, 2,014]。

 米国では 抗菌物質開発 は大学、研究所等のアカデミア、あるいはそこに由来するベンチャー企業に移行しつつある。実際筆者の所属する研究部の某研究室でも、スペクチノマイシンの誘導体スペクチナミド(spectinamide)が抗結核薬として有望であることを見い出して、現在前臨床試験の段階にある [Lee et al., 2,014]。これらの非大企業による抗菌物質開発を政府がサポートする動きが米国、欧州で始まっている。

さて、現在の医学生物学の潮流は最先端の分析法を用いて、大量の生データを網羅的に取り、そこからコンピューターによる解析を経て、そこにある現象を丸ごと分析しようとするものである。このような研究方法を総称してオミクス(omics)というが、最近の研究動向はオミクスによって思いもよらない新しい種類の発見が可能であることを示している。

これは微生物学の分野でも例外ではない。例えばヒトの腸内細菌の分析は腸内容物から丸ごとDNAを採取し、次世代シークエンサーでそこにある微生物の配列を網羅的にリストアップし、そのために開発したソフトウェアを用いて各微生物種の分布•頻度を追跡するといった手法が一般化している。

かつて1,960年代に、光岡知足(東京大学名誉教授、当時理化学研究所)が独自の嫌気性細菌培養法を考案し、単離培養した細菌を ロボテクスを用いた糖分解パターンで分類するという一連のシステムを確立した。これによって独自の腸内細菌学を確立したのであった。当時このシステムはきわめて先駆的であったのだが、現状を目の当たりにすると正に隔世の感がある。この両者の違いは単に処理できるデータのスピードだけの問題ではない。光岡の方法では培養できない菌はその後の研究ができなかったのである。実際のところ腸内菌をはじめ、自然界には培養できない菌の方が圧倒的に多いのだ。このような培養不能菌でも研究対象となりうる。これがこの最新技術の威力なのである。

このようなオミクスを用いた研究により、多数のヒトの常在菌から低分子化合物を産生するのに必要な遺伝子群を同定し、さらに菌種間や菌とヒトとの相互作用に関する情報を得ようとする研究が、カリフォルニア大学サンフランシスコ校(UCSF)を中心とするグループからCellに発表された(A Systematic Analysis of Biosynthetic Gene Clusters in the Human Microbiome Reveals a Common Family of Antibiotics”) [Donia et al., 2,014]論文内容が膨大なので、概略を紹介すると、著者らはNIH Human Microbiome Projectで収集された2,430のヒトの常在微生物のゲノム配列から、計14,000以上のbiosynthetic gene cluster (BGC)を検出した。BGCとは塩基配列の特徴から、低分子物質を産生するのに必要な酵素群がコードされていることが予想される遺伝子群である。これらの遺伝子産物によって作られる低分子化合物は、糖、非リボソーム性ペプチド、ポリケチド、翻訳後修飾がなされたペプチド、と多岐にわたり、さらにこれらの重複したものも多数あった。この中には、未知の抗生物質とみられる低分子化合物も含まれていた。著者らはこのうちラクトシリン(Lactocillin)と呼ばれる一群の化合物に注目し、単離した上で構造決定を行った。その結果、これらは実際に病原細菌を含むいくつかの菌種に対して抗菌活性を示した(MICは最強のもので42 nMとそれほど良くはないが)。

この研究で明らかなように、最新の研究スタイルはコンピューターによるデータベース上のデータ探索から始まり(ドライ)、実験室で化学的、生物学的確認を行う(ウェット)という流れとなる。これは従来のウェット->ドライの流れとは完全に逆転している。ここで単離されたラクトシリンは分子量が1,000を超えており、直ちに治療薬への応用が期待されるわけではないが、重要なことはこうした研究スタイルが様々な生物対象に拡張され、新規の活性物質が得られる可能性があるということである。

さらに注目すべきは、こうしたシークエンスデータは既に膨大な量が公的データベースに蓄積しているので、必ずしも研究者本人がシークエンスデータを直接採取する必要はないのである。いかにしてゴミの山から宝を取り出すかということなのである。

このような研究方法は抗生物質の探索に限らない。対象は何でもよいのである。医学生物研究は新しいフェースに入ったといえる。抗生物質探索に限ってみても、従来とは異なり培養するステップを省略して当該遺伝子(の候補)をDNA塩基配列のデータベースから探索する方法の実用化へ向けた取り組みが本格化している。

これからの展開から目が離せない。