Saturday, October 4, 2014

“薬剤耐性菌をめぐる話題”または“培養を省略すること”

既に世界に多剤耐性菌が蔓延していると報じられて久しい。

これは深刻な問題である。CDCは米国では年間23,000人以上が耐性菌感染で死亡していると発表している。20世紀医学の金字塔ともいえる細菌感染の制圧はペニシリンの発見から約70年を経て無力化されようとしているのである。

この状況の原因の一つとして、製薬会社が抗生物質、抗菌薬を開発しなくなったということがある。これは、第一に多くの有望な抗生物質が既に実用化されてしまっていることが理由として挙げられる。実際人類の獲得した数多の抗生物質のなかで最強のものは、最初に見つかったペニシリンであるといわれている。したがって今後従来と同じようなプロセスで見つかる抗生物質は、既存のものと同等かそれと比較して薬効が劣っていることが予想される。

もう一つの理由としては、新薬を開発しても、短期間の使用の後に耐性菌が出現するので、市場における薬剤の寿命が短いということがある。さらに抗菌薬の場合、患者への投与期間(〜数日)が多くの成人病薬、例えば糖尿病や高脂血症の薬(10年単位)に比べて著しく短いということがある。これらのすべては利益を追求する製薬企業には不利な状況である。このような耐性菌自体の蔓延、および新規薬剤の不足から、 約半数の病原細菌が使用可能な抗生物質の全てに対して耐性を示すまでになってきているのである。

この現状を分析し、新たな流れを紹介したNature誌の特集は興味深い [May, 2,014]。

 米国では 抗菌物質開発 は大学、研究所等のアカデミア、あるいはそこに由来するベンチャー企業に移行しつつある。実際筆者の所属する研究部の某研究室でも、スペクチノマイシンの誘導体スペクチナミド(spectinamide)が抗結核薬として有望であることを見い出して、現在前臨床試験の段階にある [Lee et al., 2,014]。これらの非大企業による抗菌物質開発を政府がサポートする動きが米国、欧州で始まっている。

さて、現在の医学生物学の潮流は最先端の分析法を用いて、大量の生データを網羅的に取り、そこからコンピューターによる解析を経て、そこにある現象を丸ごと分析しようとするものである。このような研究方法を総称してオミクス(omics)というが、最近の研究動向はオミクスによって思いもよらない新しい種類の発見が可能であることを示している。

これは微生物学の分野でも例外ではない。例えばヒトの腸内細菌の分析は腸内容物から丸ごとDNAを採取し、次世代シークエンサーでそこにある微生物の配列を網羅的にリストアップし、そのために開発したソフトウェアを用いて各微生物種の分布•頻度を追跡するといった手法が一般化している。

かつて1,960年代に、光岡知足(東京大学名誉教授、当時理化学研究所)が独自の嫌気性細菌培養法を考案し、単離培養した細菌を ロボテクスを用いた糖分解パターンで分類するという一連のシステムを確立した。これによって独自の腸内細菌学を確立したのであった。当時このシステムはきわめて先駆的であったのだが、現状を目の当たりにすると正に隔世の感がある。この両者の違いは単に処理できるデータのスピードだけの問題ではない。光岡の方法では培養できない菌はその後の研究ができなかったのである。実際のところ腸内菌をはじめ、自然界には培養できない菌の方が圧倒的に多いのだ。このような培養不能菌でも研究対象となりうる。これがこの最新技術の威力なのである。

このようなオミクスを用いた研究により、多数のヒトの常在菌から低分子化合物を産生するのに必要な遺伝子群を同定し、さらに菌種間や菌とヒトとの相互作用に関する情報を得ようとする研究が、カリフォルニア大学サンフランシスコ校(UCSF)を中心とするグループからCellに発表された(A Systematic Analysis of Biosynthetic Gene Clusters in the Human Microbiome Reveals a Common Family of Antibiotics”) [Donia et al., 2,014]論文内容が膨大なので、概略を紹介すると、著者らはNIH Human Microbiome Projectで収集された2,430のヒトの常在微生物のゲノム配列から、計14,000以上のbiosynthetic gene cluster (BGC)を検出した。BGCとは塩基配列の特徴から、低分子物質を産生するのに必要な酵素群がコードされていることが予想される遺伝子群である。これらの遺伝子産物によって作られる低分子化合物は、糖、非リボソーム性ペプチド、ポリケチド、翻訳後修飾がなされたペプチド、と多岐にわたり、さらにこれらの重複したものも多数あった。この中には、未知の抗生物質とみられる低分子化合物も含まれていた。著者らはこのうちラクトシリン(Lactocillin)と呼ばれる一群の化合物に注目し、単離した上で構造決定を行った。その結果、これらは実際に病原細菌を含むいくつかの菌種に対して抗菌活性を示した(MICは最強のもので42 nMとそれほど良くはないが)。

この研究で明らかなように、最新の研究スタイルはコンピューターによるデータベース上のデータ探索から始まり(ドライ)、実験室で化学的、生物学的確認を行う(ウェット)という流れとなる。これは従来のウェット->ドライの流れとは完全に逆転している。ここで単離されたラクトシリンは分子量が1,000を超えており、直ちに治療薬への応用が期待されるわけではないが、重要なことはこうした研究スタイルが様々な生物対象に拡張され、新規の活性物質が得られる可能性があるということである。

さらに注目すべきは、こうしたシークエンスデータは既に膨大な量が公的データベースに蓄積しているので、必ずしも研究者本人がシークエンスデータを直接採取する必要はないのである。いかにしてゴミの山から宝を取り出すかということなのである。

このような研究方法は抗生物質の探索に限らない。対象は何でもよいのである。医学生物研究は新しいフェースに入ったといえる。抗生物質探索に限ってみても、従来とは異なり培養するステップを省略して当該遺伝子(の候補)をDNA塩基配列のデータベースから探索する方法の実用化へ向けた取り組みが本格化している。

これからの展開から目が離せない。

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