Saturday, October 11, 2014

コーヒーのゲノム解析の話




先週の“ゲノム解析”の記事に関連して、Science誌に掲載された コーヒーのゲノム解析の話題である [Denoeud et al., 2, 014]。短いが様々な問題点を指摘した紹介記事が同じ号のScience誌に載ったので紹介したい [Zamir, 2,014]

植物体としてのコーヒーはコーヒーノキという。そのコーヒーノキ のゲノム解析がなされた。例によって多数の研究機関(フランスを中心とした11カ国、28研究機関、著者64人)の参加した国際的な共同研究である。コーヒー属には4亜属66種が含まれるが、実際に解析されたのは2倍体のロブスタコーヒーノキCoffea canephoraである。これに4倍体のC. arabicaのデータも加えている。2倍体の方がゲノムの解析が容易なのでC. canephoraが主に用いられと思われる。この論文の研究内容の解説は既に複数の日本語サイトに掲載されているのでここでは詳しく紹介しない。

最近 の全ゲノム解析の流れにより、様々な生物種のゲノム配列が急速に蓄積されつつある。解説記事は主に作物などの有用植物の状況について意見を述べているが、このような研究の流行の結果として、“ゲノム情報“と”表現形情報“の蓄積量に乖離が生じていることを指摘している。主要作物としては、解析の容易な2倍体のイネに続き、最近6倍体のコムギのゲノムも解析が進んでいる [Huang et al., 2,014Mayer et al., 2,014]。しかしながら、我々が実際に食べているのは”表現形“であり、”ゲノム配列“ではない。多くの場合、ゲノム配列情報を読んでも 作物の形質が解るわけではない。したがって、蓄積されつつあるゲノム情報と表現形をリンクする努力が必要である。このような営みがあって初めて野生種の形で蓄積されている多様な遺伝子配列が有用性を獲得するのであるという。その通りだと思う。
 
しかし実際には表現形の記載は大変困難である。実際塩基配列はわずか4種類、アミノ酸配列は20種類の略号の羅列で記録できるが、表現形の記載は個々の生物種によって記載項目が異なり、かつ同じ表現形が品種の中で不安定であったりする。 著者は、現状のゲノム情報の偏重を是正するためには、研究者自身の流行に対する敏感すぎる反応や、雑誌編集者、査読者の判断基準の見直しが必要であるとする。私見では、近年のゲノム解析の流れは、 業界をリードする一部の雑誌(具体的にはNatureCell)が、ゲノム解析を行った論文を優先的に掲載したことに、理由が求められるように思われる。これは新しい研究手法の普及という意味では効果があったと思われる。したがって、次の新しい流れを導くためには、これらの一流ジャーナルが“ゲノム情報と表現形のリンク”に野心的に挑戦した論文を優先的に採択してゆくことが 求められると考える。

さて、コーヒーはイネやコムギのような主要作物とは異なり、世界の人口を支えるような作物ではない。しかし特定の国(特にコーヒー生産国)に対しては大きな経済的な意味を持っている。コーヒーは典型的なプランテーション作物で、長く南の貧乏な国が生産し、北の金持ち 国が消費する、という図式が続いていた。コーヒーの取引が世界の縮図であったのである。しかしようやく最近になって、南の国で消費国の上位に顔を出すが出現してきた

その代表はブラジルとインドネシアである。 この両国は、生産国としても上位にいる。中国も消費が伸びている。世界の経済地図の変化がコーヒー取引にも影響を与えているのである。上記のScienceの論文にもこの3カ国の研究者が参加している。現在、および今後予想される気候変動に対応するためには、現在広く栽培されている少数の品種とは異なる木を準備する必要がある。


著者はこの遺伝子資源の源となる生物多様性について言及する。コーヒー(Coffea arabica)の原産地はエチオピアとされている。栽培種の品種が最も豊富に存在するのは常にその原産地周辺である。エチオピアではコーヒーの野生種の多様性が急速に低下しているとされる。その最大の原因は森林破壊であるという。現代の問題はだいたい同じところに行き着く。筆者は新たな品種作成に際しては、現行の仕組みで行われるならば、それは先進国に有利な形になると予想するし、より生産国に有利になるような仕組みを作ることが必要であると述べる。

最後に著者は、コーヒーほどゲノム研究に密接に関わっている植物は他にないという。その理由は学会では常にコーヒーブレークがあり、研究者は大量にコーヒーを摂取しているからだ(苦笑)。



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