Saturday, November 22, 2014

”虫を放して虫を滅ぼす”【3】

RIDL法の開発:トランスジェニックハエ


前回(114日)紹介したように、不妊虫放飼法(The Sterile Insect Technique, SIT)が沖縄の蠅の駆除においては大きな威力を発揮することがわかった。これは他の地域の他の蠅についても同様であった。この方法の普及によって、主に温暖な地域の農業の被害が一部ではあるが軽減されたのである。

一方、多くのヒト感染症の媒介昆虫である蚊についてはSITは適さないことがわかっている。それは次のような理由による。まず、蚊の成虫は傷みやすいので大量飼育、放射線照射、運搬による損耗率が高いこと。照射によって繁殖能力のみならず、全身状態の劣化も引き起こすので、野外での交尾行動が低下すること。すなわち放射線の生殖細胞に対する選択毒性が蚊では出にくいのである。

さらには、放飼にあたって雌雄分別をしなければ、吸血する雌成虫を増やしてしまうので結果として感染症を媒介する環境中の個体数を増やしてしまうことになる。これらはいずれも大きな問題である。ハエとカは昆虫の中ではわりと近縁で、この両者は“わずか16,000年前“に分岐したらしいが [Misof et al.,2,014]、現実には相当違った生き物である

英国のLuke Alpheyは、古典的なSITにかわるRelease of Insects carrying a Dominant Lethal (RIDL)法を考案し、その応用可能性をショウジョウバエ(fruit fly, Drosophila melanogaster)を用いて確認する一連の実験を実施した。これは2,000年のScienceに発表されている [Thomas et al., 2,000]。彼らは雌に特異的に発現する遺伝子のプロモーターとテトラサイクリン(Tc)依存的に発現が抑制されるしくみを組み合わせることで、雌の蠅のみが致死に至る仕組みを作り上げた。Tcの有無で遺伝子発現を制御する手法は哺乳動物の培養細胞や、トランスジェニック動物で用いられているものと本質的には違わない。

まず転写活性化タンパクにTc反応性ドメインを融合したタンパク(tTa)のcDNAを雌特異的遺伝子のプロモーターの下流に挿入したものを作成した。さらに毒性を発揮する遺伝子(Dominant Female-specific Lethal gene (DFL)産物をtTa誘導性プロモーター(tRE)の下流に組み込んだものを作成した。この組み合わせでは、TcがあるとtTaがtReに結合できないので発現は抑制され、Tcがないと発現がおこる(Tet-OFFシステム)。これら2種類のプラスミド、各々を染色体上に組み込んだトランスジェニックハエを別々に作るわけである。

雌特異的に発現するプロモーターには ヴィテロジェニン(vitellogenin)(卵黄タンパク前駆体)等がある。このようなハエはTcを餌に入れるとDFL産物タンパクはハエの体内で産生されないので、実験室(工場)内では何ら異常をおこすことなく蠅を飼えるのである。これはTet-OFFシステムのトランスジェニックマウスを、Tcを加えた水を飲ませて維持するのと同様である

実際に最初に使用したDFLはRas64BV12である。ヒト、マウスのRasV12は活性化癌遺伝子として有名である。(このシステムはヒト、マウスの癌遺伝子研究の成果の援用であると思われるが、筆者はハエにおける癌遺伝子研究に通暁しているわけではないので詳細を述べることは控えたい。哺乳動物と同様に、活性型Ras正常細胞に強制発現させると細胞は死滅するらしい。)

tTaを脂肪体特異的プロモーター(Yp3 fat-body enhancer)に繋いだプラスミドと、tRe-Ras64BV12プラスミドを用いて各々別々にホモ接合ハエを作成する。これらのハエは当然何ら異常を示すわけではない。これらのハエを交配して二重ヘテロ接合体のハエを作り、Tcを入れない餌で飼育したところ、雄は生育したが、雌の幼虫も蛹もすべて生育しなかった。一方、Tc存在下では雌は生育した。これら二つのプラスミドを同じ染色体に乗せたトランスジェニックハエも作成したが、同様にTc依存的に雌だけの致死を得ることができた。(ショウジョウバエの染色体は遺伝学で習う通り4対しかないので、同一染色体上にトランスジーンを乗せることは比較的容易である。)

これらの実験結果から実際の蚊の駆除のモデルを提出している。(この段階では未だショウジョウバエの実験室内モデル実験が終わっただけであるが、このあたりは大胆である。)二つのプラスミドを同じ染色体上に持つトランスジェニックハエのホモ接合体を作り、昆虫工場でTc入りの餌で大量に増やす。孵化した段階でTcを除いた餌に換えると、成虫になるのは雄だけである。これら雄を野外に放出するすると野生の雌と交尾する。このとき産まれる卵(仮にF1と呼ぶ)は100%トランスジェニックのヘテロ接合体である。したがって、野外のTcのない環境では雄しか成虫になれない。これらの次世代(F2)の雌は致死、雄は半分しかトランスジーンを持っていないので、次の世代(F3)にはかなりの割合の雌が成虫になってしまう。しかし、世代ごとに十分な数のトランスジェニック雄ハエを放出すれば理論的には数世代で確実に野外のハエは全滅させることができる。実際Alpheyらはハエの減衰率の数学モデルを記載している [Thomas et al., 2,000]。

 このアイデアを基に、Alphey2,007年にベンチャー企業(Oxitec Inc.)を設立し、ネッタイシマカのLMOを用いたヒト感染症(デング熱)の媒介昆虫の駆除の実現に向けて動き出すことになる。 

(続く)






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