横紋筋肉腫 Rhabdomyosarocoma(RMS)の話である。
この腫瘍は発生頻度は高くないものの(米国では約350例/年)、予後の悪い小児腫瘍として知られている。この腫瘍には組織学的特徴から二つのグループがあり、一つは胞巣型(Alverolar
Rhabdomyosarcoma, ARMS, 35%)もう一つは胎児型(Embryonal
Rhabdomyosarcoma, ERMS, 65%)である。RMSの名称の由来は組織所見と横紋筋の発生を司る遺伝子群(MyoD1,
myogenin等)が発現しているからである。概してARMのほうが悪性である。
ARMSとERMSとは上のような共通した性質をもつが、これらは異なる腫瘍であると考えられている。最近のゲノム配列決定の結果、ゲノム不安定性においてこれら二つの型は著しく異なっているとこが判明した(尤もこれは以前から核型等から予想されていたことではあるが)。ARMSではPAX3/FOXO1やPAX7/FOXO1などの特徴的な相互転座が見られる。これに対して、ERMSでは特徴的な相互転座はなく、核型はより複雑である。実際両者のゲノム変異の率には大きな差があり、ARMS(転座+)では6.4
(per cell)、ERMS(転座−)では17.8である [Shern et al., 2014]。
注目するべきは、ARMSではPAX遺伝子の相互転座以外にはこれといった変異は認められず、転座タンパクの生成のみで腫瘍発生が説明できる。一方ERMSでは、かなり広範な遺伝子の変異がみられることから、何らかの原因でゲノム不安定性が生じた結果、患者ごとに異なるdriver変異を獲得したものと解釈される。この両者の違いは、ゲノム異常の少ない小児腫瘍型(ARMS)と、異常の多い成人腫瘍型(ERMS)ということができる。
横紋筋肉腫の起源であるが、その発生部位が横紋筋とは異なる解剖的部位であることから、横紋筋の前駆細胞とは異なる可能性が議論されてきた。この点で、Hatleyらの仕事は興味深い
(Hatley et al., 2012)。著者のうちの一人(Graff)は脂肪組織の発生を解析することを目的として、aP2遺伝子プロモーター依存的なSmoM2の発現が起こるマウスを作成した。その結果、100%のマウスにERMSが生じた。Graffは発癌には興味がなかったから、Hatleyがこのマウスを引き継いでその後の解析したのである。
この実験結果からから、少なくともマウスでは脂肪細胞adipocyteがERMSの(少なくと一つの)母細胞であることが示された。しかしながら、診断可能なマウスの腫瘍組織ではaP2遺伝子は発現していない。既に脂肪細胞特異的な遺伝子発現はシャットオフされているのである。このことから著者らは ERMSは脂肪細胞がその前駆細胞から脂肪組織に分化する過程で、筋分化へとリプログラムされ、かつ横紋筋への最終分化は起こらずに腫瘍増殖に向かうというモデルを提出している。それではヒトのERMSも脂肪細胞から生ずるのであろうか? このことを証明することは容易ではない。
昨日の内部セミナーでは、Hatleyの話を聴くことができたので、これに関連する質問をしてみた。ヒトERMSでは様々なdriver
mutationsが見られるが、これらの癌遺伝子をaP2依存的に発現させたらマウスはERMSになるのか、という問いである。答えは“No”であった。すなわち脂肪細胞でどんな癌遺伝子を活性化させてもマウスはERMSになるわけではない。今のところ、Sonic Hedgehog pathwayの活性化だけでERMSが作れるということである。ということは、ERMSの起源は必ずしも脂肪細胞だけにとどまるのではない可能性が強い。他の間葉系細胞の可能性も考えておく必要がありそうである。したがって、現段階では“ヒトのERMSは脂肪細胞である“と結論づけるのは時期尚早である。
小児癌は胎児期にその発癌過程が始まることが多く、そのメカニズム研究には制約がある。最近のモデルマウスによる研究は、突破口を開きつつあると思う。結果が次の疑問を生み出すという好ましい循環ができてきているように思う。
10年前とは様変わりである。
(ARMSについては、マウスモデルでは転座の導入だけではARMSはできないので、ヒト腫瘍のゲノム解析から導かれる結論には議論の余地があるが、ARMSの発生プロセスについてはここでは詳述しなかった。
他にも面白いトピックがあったが、未発表のようなのでここで記載することは差し控えることにした。)
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