Sunday, April 5, 2015

メタゲノム的アプローチの威力と問題点【3】

3.メタゲノムデータベースからコンピュータ作業で新規物質を探索する

 前回紹介した論文では、DNAのソースとしてコスミドライブラリーを用いていた。ライブラリーサイズを仮に3x 107、また平均インサートサイズを40 kbと仮定すると、このライブラリーのもつ総塩基対数は、約1.2 Tbとなる。このサイズは一見して相当大きいソースと思われる。しかしながら、この砂漠の土から得たメタゲノムライブラリーはその塩基配列がデータベース化されているわけではない。次に紹介する論文は、メタゲノムのDNAデーターベースから、直接コンピュータ解析によって候補遺伝子群を探そうとする試みである。

 近年の次世代シークエンスの波を受けて、様々な共同作業を通じてメタゲノムデータベースが大変なスピードで蓄積されつつある。そこでこのような塩基配列データから目的に応じたソフトウェアを用いて特定の遺伝子群を探索することが始まっている。その一つの例は、昨年10月にCellに掲載されたHarvardを中心とするグループから出された研究である (1)。この研究では、ヒトのmicrobiomeとヒトとの相互関係、あるいはmicrobiome同士の相互関係に影響を与える可能性のある“低分子物質”の探索を試みた。著者らの着眼点は、“健常人”のmicrobiomeである。初めに公的データベース上にある既存のレファレンス菌株のゲノム情報から、ClusterFInderantiSMASHと呼ばれるソフトウェアを用いて、約14,000 の二次代謝産物を産生すると予想される遺伝子クラスターを同定した。これらの産生する二次代謝産物は、糖類、非リボソーム性ペプチド、翻訳後修飾されたリボソーム性ペプチド、テルペン、ポリケチド、シデロフォア、およびこれらの混合した特徴を持つ物質群であると推定された。ここで用いられたレファレンスゲノムは、2,430株のゲノムである。したがって、平均すると1菌株あたり約6個のクラスターを持っていることになる。いうまでもなく、ここに含まれている菌株は、健常人の微生物叢を代表しているわけではなく、病原微生物に偏りがある。

 さて、メタゲノムである。これはNIHが主導したHuman Microbiome Project (HMP)というコンソーシウムによって得られた健常人の6つの身体の部位から得られた計752microbiomeデータベースである (2)。プロセスを簡単に言うとこの塩基配列データベースに対して、上述の14,000クラスターの大規模なBLAST検索を行ったのである。その結果、計3,118個の二次代謝産物産生クラスターを健常人のメタゲノムから同定できたのである。
 著者らは翻訳後修飾されたリボソーム性ペプチドのうちチオペプチドthiopeptide (TP)に着目した。その理由はTP遺伝子クラスターが広く様々な菌群、あるいは身体の部位に分布していたからである。計13個のクラスターはそのアミノ酸一次配列の類似性から6つのサブファミリーに分類された。実際にはこれらのクラスターはよく似ていて、特にシグナル配列は酷似していた。著者らはこのうちbgc66と命名したクラスターがゲノムデータベースに存在するLactobacillus gasseri, JV-V03株のプラスミド上に存在することを見出した。配列を解析したところ、microbiome中のクラスターもプラスミド上に存在することを示している。そこでこのJV-V03菌株を大量培養して培養上清中に存在する低分子量物質を精製し、その構造を決定した。その結果分子量1,224 (C51H45N13O10S7)の物質の構造が決定された。この物質は、既知のthiocillinLFF571と類似しており、著者らはこれをlactocillinと命名した。
 さてlactocillinの活性である。著者らは12株の細菌に対する抗菌活性を調べた。その結果、Staphylococcus aureusCorynebacterium auromucosumのような病原細菌に対しては中程度の活性を示したが、膣常在細菌は耐性であった。Lactocillinを産生するLactobacillus gasseriそのものは膣常在菌であることから、lactocillinの役割を、膣における微生物フロラの恒常性を保つような役割があると予想している。
 長々と紹介してきたが、最近のCell論文は内容が膨大なのでご容赦頂きたい。本研究では、計3,118もの二次代謝産物産生クラスターを見出したが、最終的にはそのうちの僅か一つのクラスターについて、最終産物を同定できた。しかもこの際大量培養に用いられた菌株は、ゲノムデータベース上にその配列のあったlactobacillus gasseri, JV-V03という菌株であった。この株は広く流布している株であり、もし著者らの見出した遺伝子クラスターを持つ既知菌株が存在しなかった場合は、最終産物の同定まで辿りつくことはできなかったものと思われる。この点前回紹介したBradyらの論文では、出発材料がコスミドライブラリーだったので、コロニーハイブリダイゼーションによって当該コスミドをスクリーニングすれば良かったわけである。
 次世代シークエンシング技術のおかげで塩基配列情報がきわめて速い速度で蓄積しつつある。しかしこの膨大な情報から何を抽出してベンチワーク(wet experiments)に繋げるかという観点からみると、現状ではきわめて細い径しか通じていないことがわかる


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