Friday, April 17, 2015

がんの免疫療法再び:延命から完治へ

 今年初めに出たCellLeading Edge Selectという項目に僅か2ページであるが、重要な記事が出ている [Monteiro, 2,015]。がんの免疫療法は概念的には新しいものではないが、最近の試みは免疫チェックポイント分子(ここではCTLA-4PD-1)に対する抗体を投与することによってこれを抑制し、がん細胞に対する免疫を活性化することでがん細胞を殺そうとするものである。昨年(2,014年)は、この方法を用いたがん治療の成功例の論文が爆発的に出てきた年であった。中村祐輔(現シカゴ大学)はこの分野の先頭にいる日本人である。彼のブログ“中村祐輔のシカゴ便り”にその様子が書かれている。免疫療法の現状を知りたい方には中村ブログを読むことをお勧めする。
 この免疫療法の適用範囲、すなわち効くがんの種類のリストはどんどん長くなっている。ざっと挙げると、転移性黒色腫、非小細胞性肺がん、腎がん、尿路上皮性膀胱がん、といった種類のがんである。免疫療法における最大の疑問はなぜ特定の患者にしか効果がないのかということである。この治療効果を決定する因子を探ることによって免疫療法の効果を多くの患者に拡げることができると思われる。腫瘍組織中におけるcytotoxic T cellの数が重要であることはわかっている。もしがん細胞のゲノムが多数の突然変異をもっていれば、効果が高いことも判っている。このような細胞は腫瘍特異的抗原をより多く発現しているので免疫細胞に認識されやすいのである。但し、多数の変異を持つがん細胞でも治療効果が低いケースも見られる。現在はどのネオエピトープがT細胞の反応を惹起するかということに関心が集まっている。多数の腫瘍特異抗原のうち、ごく一部のものが有効であることも判明した。
 これらの研究成果から、今後は免疫反応を引き起こす腫瘍特異的抗原を探索すること、それらが個々の患者のがん細胞にあるかどうかをエクソムシークエンシングで調べること、およびこれらの有効な抗原をワクチンとして患者の免疫系を活性化すること、等が研究の方向となると思われる。
 このように書くと良いことづくめのようだが、もともと免疫チェックポイントは免疫系の暴走を防ぐために備わっている。したがってこれを抑制することは自己免疫を引き起こすことになる。この療法の大きな障害は重篤な副作用である。これらの問題も含めて、中村祐輔ブログを読むことをお勧めする。

追記
 Cancer immunotherapyの歴史を10分で知りたい方はこちらを。

Sunday, April 5, 2015

メタゲノム的アプローチの威力と問題点【3】

3.メタゲノムデータベースからコンピュータ作業で新規物質を探索する

 前回紹介した論文では、DNAのソースとしてコスミドライブラリーを用いていた。ライブラリーサイズを仮に3x 107、また平均インサートサイズを40 kbと仮定すると、このライブラリーのもつ総塩基対数は、約1.2 Tbとなる。このサイズは一見して相当大きいソースと思われる。しかしながら、この砂漠の土から得たメタゲノムライブラリーはその塩基配列がデータベース化されているわけではない。次に紹介する論文は、メタゲノムのDNAデーターベースから、直接コンピュータ解析によって候補遺伝子群を探そうとする試みである。

 近年の次世代シークエンスの波を受けて、様々な共同作業を通じてメタゲノムデータベースが大変なスピードで蓄積されつつある。そこでこのような塩基配列データから目的に応じたソフトウェアを用いて特定の遺伝子群を探索することが始まっている。その一つの例は、昨年10月にCellに掲載されたHarvardを中心とするグループから出された研究である (1)。この研究では、ヒトのmicrobiomeとヒトとの相互関係、あるいはmicrobiome同士の相互関係に影響を与える可能性のある“低分子物質”の探索を試みた。著者らの着眼点は、“健常人”のmicrobiomeである。初めに公的データベース上にある既存のレファレンス菌株のゲノム情報から、ClusterFInderantiSMASHと呼ばれるソフトウェアを用いて、約14,000 の二次代謝産物を産生すると予想される遺伝子クラスターを同定した。これらの産生する二次代謝産物は、糖類、非リボソーム性ペプチド、翻訳後修飾されたリボソーム性ペプチド、テルペン、ポリケチド、シデロフォア、およびこれらの混合した特徴を持つ物質群であると推定された。ここで用いられたレファレンスゲノムは、2,430株のゲノムである。したがって、平均すると1菌株あたり約6個のクラスターを持っていることになる。いうまでもなく、ここに含まれている菌株は、健常人の微生物叢を代表しているわけではなく、病原微生物に偏りがある。

 さて、メタゲノムである。これはNIHが主導したHuman Microbiome Project (HMP)というコンソーシウムによって得られた健常人の6つの身体の部位から得られた計752microbiomeデータベースである (2)。プロセスを簡単に言うとこの塩基配列データベースに対して、上述の14,000クラスターの大規模なBLAST検索を行ったのである。その結果、計3,118個の二次代謝産物産生クラスターを健常人のメタゲノムから同定できたのである。
 著者らは翻訳後修飾されたリボソーム性ペプチドのうちチオペプチドthiopeptide (TP)に着目した。その理由はTP遺伝子クラスターが広く様々な菌群、あるいは身体の部位に分布していたからである。計13個のクラスターはそのアミノ酸一次配列の類似性から6つのサブファミリーに分類された。実際にはこれらのクラスターはよく似ていて、特にシグナル配列は酷似していた。著者らはこのうちbgc66と命名したクラスターがゲノムデータベースに存在するLactobacillus gasseri, JV-V03株のプラスミド上に存在することを見出した。配列を解析したところ、microbiome中のクラスターもプラスミド上に存在することを示している。そこでこのJV-V03菌株を大量培養して培養上清中に存在する低分子量物質を精製し、その構造を決定した。その結果分子量1,224 (C51H45N13O10S7)の物質の構造が決定された。この物質は、既知のthiocillinLFF571と類似しており、著者らはこれをlactocillinと命名した。
 さてlactocillinの活性である。著者らは12株の細菌に対する抗菌活性を調べた。その結果、Staphylococcus aureusCorynebacterium auromucosumのような病原細菌に対しては中程度の活性を示したが、膣常在細菌は耐性であった。Lactocillinを産生するLactobacillus gasseriそのものは膣常在菌であることから、lactocillinの役割を、膣における微生物フロラの恒常性を保つような役割があると予想している。
 長々と紹介してきたが、最近のCell論文は内容が膨大なのでご容赦頂きたい。本研究では、計3,118もの二次代謝産物産生クラスターを見出したが、最終的にはそのうちの僅か一つのクラスターについて、最終産物を同定できた。しかもこの際大量培養に用いられた菌株は、ゲノムデータベース上にその配列のあったlactobacillus gasseri, JV-V03という菌株であった。この株は広く流布している株であり、もし著者らの見出した遺伝子クラスターを持つ既知菌株が存在しなかった場合は、最終産物の同定まで辿りつくことはできなかったものと思われる。この点前回紹介したBradyらの論文では、出発材料がコスミドライブラリーだったので、コロニーハイブリダイゼーションによって当該コスミドをスクリーニングすれば良かったわけである。
 次世代シークエンシング技術のおかげで塩基配列情報がきわめて速い速度で蓄積しつつある。しかしこの膨大な情報から何を抽出してベンチワーク(wet experiments)に繋げるかという観点からみると、現状ではきわめて細い径しか通じていないことがわかる


Saturday, April 4, 2015

メタゲノム的アプローチの威力と問題点【2】

2.塩基配列相同性に基づいた新規インドロトリプトリンindolotryptolineの発見

 今回は、メタゲノムDNAソースからの二次代謝産物産生遺伝子群を探索するという研究を紹介したい。


 細菌の産生する数多くの生理活性物質はトリプトファンの二量体を出発点とすることが多い。このうち最も広く研究されているグループはインドロカルバゾールindolocarbazole群である。その理由は、この群のうちのいくつかがキナーゼ阻害作用を持ち、抗がん剤として知られているからである。既に100以上のindolocarbazole化合物が知られているが、類縁のindolotryptoline (dihydroxy-dihydro-pyridol[1,2-a:3,4-b’]diindole)化合物についてはほとんど知られておらず、わずかに2物質のみが知られている。

 ロックフェラー大学のSean Bradyらは、新規indolotyptolineを見つけるために、塩基配列相同性に基づいたmetagenomic screeningを試みた (1)。メタゲノムmetagenomeというのは、環境中から直接採取されたDNAの総体、またはその塩基配列の総体を指す。良く知られているゲノムは、ある生物種の一個体のもつDNA情報の総体を意味する。したがって、データベース上にある特定の菌株のゲノム情報は、配列決定に供された菌株のゲノム配列の全てが原則切れ目なく収載されている。一方、メタゲノムはある場所に棲息する生物集団(通常微生物)のDNAの総体である。一般的にはそこに棲息する 個々の菌株のゲノムとしては不完全であり、かつ菌種数や個体数は把握されていない。場合によっては、死滅した個体のDNAも相当量含まれていると考えられる。そのかわり、メタゲノムはそこにある多様な生物種のDNAを網羅的に含んでいるわけである。
 Bradyらは新規indolotryptolineを見出すために、indolotryptolineindolocarbazole合成経路においてよく保存されている酵素、すなわちoxy-triptophanの二量体形成に関わる酵素に着目した。この酵素のプロトタイプはスタウロスポリンstaurosporin合成経路のstaD遺伝子である。clustalWによる解析では、staD遺伝子の近縁関係から作った遺伝子のグループと、それら代謝経路の最終産物とがよく対応していることがわかった。したがって、未知の遺伝子であっても、その最終産物の予想がつく。そこでBradyらはstaD遺伝子の高度に保存された領域内にdegenerate PCRプライマーを作り、PCRを行った。このとき用いたDNAライブラリーはカリフォルニア州南部にあるAnza-Borrego砂漠の土から得たコスミドライブラリーである。このライブラリーのサイズは107以上である。著者らはこのような環境中から得たDNAeDNA (environmental DNA)と呼んでいる.
 クローン番号1091 PCR産物の塩基配列を決定したところ、このDNAindolotryptoline合成に必要なadeDあるいはclaDに該当するものであった。このDNAをプローブにしてコスミドクローンを探し出したところ(clone AB1091)、既知のindolotyptoine産生遺伝子クラスターであるBE54017cladolamide Aとよく似ているが、明らかにこれらとは異なる遺伝子クラスターを持っていることが判明した。著者らは後にこの遺伝子クラスターから産生される複数のindolotryptolineborregomycinsと命名し、各遺伝子をbor-O, bor-D等と命名した。
 次の問題は、このbor クラスターから実際に新規のindolotryptolineが作られるか否か? あるいはそこから生産されるindolotryptolineの構造と活性はどのようなものかということである。

 古典的スクリーニングでは、見出された菌株は最初から活性物質を産生し、かつ培養可能である。一方、塩基配列をもとに見出された新規物質を産生する遺伝子の場合は、実際に見出された遺伝子から予想された物質が産生されるかどうかは不明である。本論文で用いられたライブラリーはコスミドベクターをベースにしている。コスミドベクターは30-45kbのインサートを収容できる。したがって、細菌に由来する通常のサイズの二次代謝産物産生遺伝子クラスターを完全に収容できるサイズである。本論文ではborインサートをStreptomyces/E. coliのシャトルベクターに入れ替えて、S. albusに導入した。この最初の試みは、当該物質の産生量が予想に反して低く、とても後の解析に必要な化合物を得ることは不可能であった。二次代謝産物の異種細胞内での産生には、その遺伝子クラスター内に存在する転写調節因子を過剰発現することで良好な発現を得られることが知られている。そこで著者らはAB1091上の遺伝子クラスター内にある転写調節因子bor-Rを別途発現ベクターに組み込み、加えてS. albusに導入した。この細胞内でのborクラスターの発現は良好で、産生されたindolotryptolineは構造解析に十分な発現量であった。著者らは最終的に5種類の構造を決定し、これらの抗腫瘍、抗菌活性を調べたところ、グラム陽性菌とHCT116細胞(ヒト大腸癌細胞)に対して活性があることが判明した。
 このような新たな試みの結果、著者らはこれまでに2つの化合物の存在しか知られていなかったindolotryptolineに、新たな物質borregomycinを加えることができたわけである。

 この論文から、我々はメタゲノム的アプローチの有効性を読み取ることができる。もしメタゲノムの由来が多様な生物種に由来する遺伝子を網羅しているならば、そこに従来の分子生物学的手法を組み合わせることにより、新規遺伝子(群)を見出すことができる。但し、ここでいう“新規”とは、全く人類が知らなかったという意味での新規ではなく、既存の遺伝子に類似しているがこれまで知られていなかったという意味である。

 生理活性物質の解析における重要なステップは、その大量生産と構造決定、および生物活性の検定である。本論文では、幸いにしてborクラスターを完全に含むコスミドクローンを取得できたので、これをStreptomyces株に導入することで、大量産生への道筋をつけることができた。これらのいずれかのステップが封じられれば、borregomycinの構造決定と活性測定は不可能であったろう。
 

Thursday, April 2, 2015

メタゲノム的アプローチの威力と問題点【1】

1. 古典的スクリーニング法の効力と限界

  抗生物質の探索について振り返ってみる。

 抗生物質が発見された主要な微生物は放線菌Actinobacteriaと呼ばれるグループである。これらは主に土壌中に棲息している。したがって、研究者は土壌中の微生物を片端から培養し、単離した菌を小規模培養し、その培養上清の抗菌活性を調べるという作業を繰返してきた。その結果、数多くの抗生物質が発見され、患者治療に用いられるようになったのである。
 このような培養を基本としたスクリーニングには限界がある。活性の高い菌株はスクリーニングの初めの頃に見つかることが多い。目立つわけだ。したがって、スクリーニングを継続しても、既に見出されている物質が再び見つかることが多い。これをredundancy problemという。このような“取り尽くし”の状態を回避するために、農芸化学者達は、未開拓の環境に棲息している菌の培養を試みた。例えば、深海とか、温泉にいる菌である。しかしもっと大きな問題は、環境中の微生物は、既存の培養法では培養できないもののほうが圧倒的に多数なのである(腸内細菌なども同様である)。
 一方、古典的スクリーニングには大きな利点がある。それは、最初から目的としている活性を目安にしてスクリーニングしているので、発見された菌株を培養することが当然可能なことである。さらに大量培養にもっていくことも容易である。

 分子生物学的手法によるスクリーニング
 1,990年代から、ヒトを含む多くの生物種のゲノム配列が次々と決定された。これらの塩基配列は公的機関(例えばNational Center for Biotechnology Information, NCBI)のデータベースに収載され、一般に公開されている。近年コンピュータの処理速度が大幅に改善されたこと、およびメタゲノムデータベースが蓄積されてきたことにより、データベース上の塩基配列情報に基づいて新規物質産生に関わる遺伝子をコンピュータ上で探索する試みがなされている。そのうちの二つの例を挙げて (1, 2)、新しい手法の威力と限界について考えてみたい。なおこのうちの一つの論文(2014, Cell)は既に本ブログで簡単に紹介している (1)(10/4/2014掲載)。今回は方法論的な問題点について批判してみたい。