Saturday, May 9, 2015

Alternative Lengthening of Telomeres (ALT) に関するメモ

 Alternative Lengthening of Telomeres (ALT)とは、主にヒトがん細胞においてテロメア合成酵素telomeraseを用いることなくテロメアが維持される現象である。(telomeraseを用いないでテロメアを維持する生物種は多数ある。)ALTの性質をもつがんは全体の約5%程度とされる。但し、がんの種類には偏りがあり、良く知られているところでは骨肉腫(osteosarcoma)や膠芽腫(glioblastoma)がある。

 がん細胞がALTを獲得するメカニズムは長らく不明であったが、homology-dependent recombination (HDR)が必要であることは予想されていた。ここ数年間で、ATRXAlpha thalassemia/mental retardation syndrome X-linked)遺伝子の失活がALTの成立に必須であることが確定するに至った。

1. ALTがおこるためにはATRXの変異が必要である。
 最初にALTATRXとの関連に着目したのはJohns Hopkinsおグループである (1)。膵神経内分泌腫瘍PanNETsではATRXまたはDAXXの変異が高頻度に見られるが、これらの検体についてテロメアの状態をFISHで検出したところ、ATRX/DAXXの変異があるもの(またはATRXのタンパク発現の消失したもの)では強いテロメアシグナルが検出された。強いテロメアシグナル、すなわち長いテロメアはALTの特徴の一つである。ATRXDAXXは複合体を形成してテロメアのクロマチン構造の維持に関わっているとされていた。ATRXのテロメアへの関与を支持するデータは他にもあり、このことからALT Starr Cancer Concrotium研究グループはALTを示す22細胞株について、ATRX変異またはタンパク発現の消失を調べた (2)。結果はすべての細胞株でATRXの失活が起こっており、このことがALTが引き起こされるのに必要であることが強く示唆された。同時にALTが著しいゲノムの不安定性を伴うことも明らかとなった。
 
2ALT細胞に対してはATR阻害剤が有効である (3)
 最近の報告によると、ALT細胞ではテロメアの一本鎖DNAssDNA)へのRPAタンパクの結合がS期を過ぎても解消されないことが判明した。RPAにコートされたssDNAHDRを誘発すると考えられているので、この現象がALTと強く関わっている可能性が考えられた。さらにATRAtaxia telangiectasia and Rad3 related)を阻害してやるとDNA断裂が起こり細胞死を起こすことがわかった。ATRはDNA複製時の異常によって活性化され、最終的にDNA複製の完遂に関与しているタンパクである。このATR阻害による細胞死はALTを示す細胞に特異的におこる(すなわち低濃度で効く)。ここで問題は、ATR阻害剤の特異性である。DNA損傷、とくに二本鎖断裂によって活性化されるATMAtaxia telangiectasia mutated)とATRはよく似た分子である。これまで開発されてきたATR阻害剤と称するものはたいていATMも阻害するのが常であった。この研究で用いられているVE-821は最近ひろく使われるようになっている (4)。この化合物はこれまで知られているものよりも特異性が高いと思われる。

 ATMATRともこれまでにかなりの研究の蓄積があるが、ATRを阻害したときの大きな問題点は、正常細胞でATRが阻害された場合、細胞死が見られることである。したがって、がん細胞を標的としたATRの阻害は重篤な副作用がおこることが予想される。この論文ではALT細胞に特異的に効くということなので、その濃度では正常細胞に対してはさほどの毒性はみられないだろう。

 臨床試験の進展が期待される。

3.さらなる疑問?
 少数のALT細胞株ではATRX遺伝子の変異が見られない。したがって、これらの細胞ではATRXの失活を介さない経路でALTが成立していると思われる。この経路は何か?
 ATRX変異が直ちにALTを促すわけではない。培養系でも実際にALTの性質を示すためには時間を要するのである。したがって、別の遺伝子の変異が必要だと思われる。この(これら)の遺伝子は何か?

追記
 Ronald DePinhoのグループが作成したテロメアRNAのノックアウトマウスをホモ同士で交配してゆくと、やがてテロメアの短縮化が進み、5-6世代頃になると個体レベルで老化のフェノタイプが発現してしまう (5)。ここにp53 nullアリルがホモまたはヘテロで入っていると上皮性の腫瘍である癌腫が多発する。ふつうマウスで好発する腫瘍は肉腫(間葉系由来)が多いので、ここで初めてマウスでのヒトの癌腫のモデルができたことになる。これは画期的な業績と思われた。私はこのようなテロメア活性がないマウスに生じた腫瘍はすべてALTによるテロメア複製能を獲得しているものと理解していた。このマウスで起きる現象は、ヒトにおけるALTが肉腫に好発するのと対照的なので、興味深い現象であると考えていた。あるときALTで重要な発見を続けているRoger Reddel (University of Sydney)と話をしていたときに、このマウスの話が出た。彼はこのマウスの腫瘍は必ずしもALTによるものとは限らないと言っていた。話はそこで中断してしまった。このマウスの腫瘍(癌腫)はどうやってテロメアを維持しているのだろうか?




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