Wednesday, May 13, 2015

ゼブラフィッシュで癌を作ったのは誰か?

 ゼブラフィッシュzebrafish, Danio rerio は脊椎動物で機能している様々な遺伝子を効率よく同定するためのモデルとして登場した。

魚類の実験動物としては1,990年代に出てきたフグpufferfish, Fugu rbripes がある。フグは脊椎動物なので、ヒトを含む哺乳動物の発生と個体維持に関わる大部分の遺伝子を持っていると予想された。しかし総ゲノムサイズが約400 Mbで、ヒトゲノムの約4分の1の大きさである。すなわち非コード領域がたいへん小さいのである。このことから、フグのゲノムの塩基配列をひたすら読んでゆけば、ヒトゲノムを読むよりは効率的に総遺伝子を同定できると考えられたのである。

このプロジェクトを始めたのは後年(2,002年)ノーベル賞を受けたSydney Brennerである。BrennerはすでにC. elegansの実験動物化を達成していたが、この線虫は脊椎動物はおろか、昆虫などの節足動物と比べてもある意味でかなり下等な動物であることがやがて明らかとなった。結局C. elegansは脊椎動物のモデルとしてあまり役に立ちそうにないということになったわけである。そこでフグである。がしかし、関係者の予想に反して当時ヒトゲノムプロジェクトが大変なスピード進行し、2,000年にはそのドラフト版が、さらに2,003年4月にはその完成版が公表されてしまったのであった。結局フグのゲノミクスにおける役目はほとんど自然消滅するという憂き目にあったのだ。

フグのほうに話が逸れてしまったが、ゼブラの研究上のメリットは変異原物質で突然変異を誘発し、その遺伝子座位を決定し、最終的にその現遺伝子を同定する流れが迅速にできるということにあった。特別な手法を用いると、ホモ接合の変異体が簡単に得られるのである。特に身体が透明なので特に造血系の研究には適しているとされている。

私の米国での師匠のTom LookがまだSt. Jude病院にいた頃にゼブラフィッシュの先覚者であるLeonard Zonを講演のために招待した。その折にゼブラについてTomのオフィスで話をしたことがあった。私もその場に呼ばれたので二人のやりとりをそばで聞いていたのだ。そのときTomは“ゼブラで何をするのがふさわしいか?”とLeonardに訊いたのである。Leonardの答えは、“器官形成organogenesisだ。癌はよくない。”と明確に答えたのだ。Tomはそれを聞いたときに、特に表情を変えずに“ふうん”という感じで特別な考えを言わなかったのだ。これが1,999年のことである。

2,003年2月のサイエンスにゼブラフィッシュでMYCT細胞白血病を作成する論文が発表された (Langenau et al., 2003)。これはDana Farber Cancer Institute (Boston)からの仕事で、責任著者はThomas Lookであった。これがゼブラで作られた最初の癌である。

さて、あのときの二人のやりとりは何だったのだろうか?

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