Saturday, July 4, 2015

"Neanderthal Man: In Search of Lost Genome"(読書ノート):【2】闇実験、エジプトへの憧れから始まった古遺伝学

Pääboが研究で取り組みたかったこと、それはエジプト考古学であった。これは少年時代からの夢だったのだ。Pääboは医学部(スウェーデンの医学部は日本と同じで4年制)を終了した後、当時勃興してきた分子生物学の研究をするために、Uppsala大学のPer Petterssonの研究室でアデノウイルス抗原の細胞表面への表現に関する研究に従事することになる。この研究で 分子生物学的手法(大腸菌をベースにした遺伝子クローニング)に習熟したのだ。

ところが学位論文のための研究のかたわら、Petterssonの目を盗んでエジプトのミイラのDNAのクローニングとシークエンスの仕事に手を染める。これは最終的にPetterssonの承諾のもとに単独名でNatureに掲載される [Pääbo, 1,985]。この仕事がPääboの出世作となり、以後Pääboは現在に至るまで古遺伝学の分野で成果を上げていくことになる。Pääboの学位論文は当然アデノウイルスの仕事によるものであったが、彼を有名にしたのはこの“闇実験”であった。

PääboUCバークレーのAllan Wilsonのもとでポスドクとなり、様々な絶滅動物の分子生物学研究に取り組んだ。Wilsonは前回紹介したミトコンドリア・イヴの論文の責任著者である。バークレーでは分子生物学の新兵器、PCRに習熟していた。その後、ミュンヘンの動物学研究所に職を得る。

ところが、Pääboの夢であったエジプト学の分子生物学的アプローチは挫折することになる。その理由はミイラからは汚染微生物由来のDNAが多く含まれること、さらに決定されたDNAの配列は汚染源である現代人のDNAとほとんど変わらないので解析が極めて困難であるという本質的問題点が出てきたのだ。そのためエジプト考古学の研究は放棄することになる。これはPääboにとって、それまでの人生で最大の挫折であった。

過去の人類のゲノム配列が現代人と十分識別可能であるためには、少なくとも3万年以上前に生息していた人類である必要がある。ネアンデルタールのDNAの研究はこうして始まった。最初はやはり汚染DNAとの闘いであった。さらにネアンデルタール人の骨から取れるDNAの収量が低いことも大きな問題であった。このような問題を克服して前回書いたようにmtDNAの一部の配列が決定されたのである。ネアンデルタール人のDNAは広い範囲に住んでいる現代人のmtDNAとはかなり異なる配列を示したので、欧州ではヒトとネアンデルタール人との交雑は起こらなかったと結論付けた。

しかしこの結論は決定的なものではない。ネアンデルタール人の女とヒトの男との間の子であれば、その子孫のmtDNAはネアンデルタール型である。逆の組み合わせ(ネアンデルタール男 x ヒト女)ならばmtDNAはヒト型である。この場合、核のDNAは両者のシャッフルしたものとなる。したがって、この両者の間で生殖行動があったとするならば、その痕跡はmtDNAではなく、核(染色体)のDNAにその痕跡があてっもよい。mtDNAと核DNAではそのゲノムサイズが全く異なる(当然核の方が大きい)ので、より多量のDNAを骨から抽出する必要がある。

このためPääboはクロアチアで発掘されたネアンデルタールの骨を始め、新たな骨の入手を試みた。しかしすでにこの時点でmtDNAの論文が公表されていたので、研究者の間で骨の取り合いが始まっていたのだ。これを解決するために、Pääboはドイツの科学アカデミーとクロアチアのアカデミーとの共同研究を立ち上げて優先的に骨を利用する道筋をつけた。

が、すべての骨がDNA抽出に適しているわけではなく、かつPCRを基本とした塩基配列決定法にも限界があることは明白であった。そこでPääboはいわゆる次世代シークエンシング法(pyrosequencing)導入することを決意し、コネチカット州にある454 Life Technology社に配列決定を依頼して、ゲノム配列決定に取り組むことになる。Pääboは分子生物学の変遷に従って、常にその最先端にいた。

この塩基配列決定法は、最期の段階ではIllimuna社の装置を導入する。さらにビッグ・データの処理のために、国際的なコンソーシウムを結成して集団遺伝学の専門家をチーム内に抱えるにいたる。Pääboはこうした大型化した現代バイオサイエンスの流れをつくるために先陣を切っていたのだ。


こうした努力の結果、まずネアンデルタールのmtDNAの全領域が決定された [Green, et al., 2,008]。最初の報告から実に11年が経過していた。次いで核DNAの約60%が決定された [Green, et al., 2,010]

(続く)

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