Monday, July 6, 2015

広域抗ウイルス薬に関する議論

エボラ出血熱やデング熱など、これまで特効薬がなかったウイルス疾患に対して広域ウイルス薬で対処しようとする動きが進んでいる[Bekerman and Einav]

これまでに開発されたHIVHCVに対する特異的抗ウイルス薬は劇的な効果を示している。このような特異性の高い薬剤をDirect acting antivirals (DAAs)と呼ぶが、現在までに認可されたDAAは僅か8種類のみである(米国FDA)。

エボラやデングなどによって新たに起こる流行に対しては、既存のDAAはその特異性の高さのゆえ無力である。DAAの開発には20億ドル以上の費用と812年の歳月を要する。しかも早期に耐性ウイルスが出現する。

広域抗ウイルス薬を未だDAAが開発されていないウイルス感染に対して使用しようとする動きが出てきている。 昨年〜今年の西アフリカで流行したエボラ感染で、富士フィルムが抗インフルエンザ薬として開発したファビピラビル(T-705)を抗エボラ薬として使用しようとしたのはこの一例である。


さて、最近のサイエンス誌上でこの広域抗ウイルス薬の是非を巡って議論が行われた [Martin, Jr.]

批判的意見を述べたのは、サンフランシスコにあるAviBioticsというメーカーのDavid Martin, Jr.である。要約すると、広域抗菌薬の経験から考えると広域抗ウイルス薬の開発・使用を進めるのは問題であるとする。”One drug, one bug”の方針での抗生物質の処方が耐性菌の蔓延の防止に役立っていることを考えるならば、抗ウイルス薬の処方も同じようにするべきであるという。さらに国を挙げてPrecision Medicine(“精密医療”と訳されているが)を推進している状況を考えるならば、このようなラフな薬剤の使用は好ましくないという。もう一つの理由として、広域抗生物質の使用が常在菌叢を撹乱することを挙げ、ウイルスについても同様の問題を引き起こす可能性を述べている。

これに対するBekerman Einav (Stanford University) の反論は、要約すると以下の通りである。薬剤耐性の広がるメカニズムは細菌とウイルスとでは全く異なる。細菌では耐性遺伝子が菌種を越えて水平伝達する。一方ウイルスは耐性を獲得したウイルスそのものが広がる必要がある。したがって、広域抗ウイルス薬の耐性はDAAに対する耐性と同じような様式で広がると予想する。確かに正常菌叢に対応する virome(ウイルス叢)の撹乱は確かに生体に負の効果をもたらすかもしれない。しかし、この負の側面はDAAの開発に要する莫大な費用と時間によって相殺される。Precision Medicineの価値は大いに認めるが、広範囲にかつ迅速に適用可能な安価な広域抗ウイルス薬の使用は、他に打つ手のない疾患に対しては有効であると考える。



付け加えるならば、細菌の薬剤耐性遺伝子は自然界にあまねく存在しているが、抗ウイルス薬耐性遺伝子は存在しない [5/6/15]。エボラのような病気が流行したときに、他に薬がないのに一体どうしろというのか?
この議論は結構ショボい。

この勝負、Bekerman Einavの勝ち。

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